samedi 30 août 2008

サトウキビ畑のカニア5



2004年 7月16日 初版一刷 5500部
2004年 12月30日 初版二刷 1500部

 おかげさまで、めでたく出版された。

(あとがきより一部抜粋)

 主人公のジョエルはクラスの中でただ一人、灰色の肌をした『シャバン』です。そのせいで小さなことでからかわれたり、仲間外れにされたりするので学校が楽しくありません。いっぽうカニアは、身勝手な人間のために捨てられ放っておかれた気の毒な犬です。行くところも食べるところもないカニアは、サトウキビ畑で隠れて暮らしています。自由に歩き回ると「捨て犬だから病気だ。汚い。」と嫌われていじめられるからです。カニアの隠れ家となっているサトウキビ畑は、物語の舞台であるグアドループの重要産業で、ラム酒や砂糖を作るサトウキビの広大な畑です。畑の間の細い通学路でジョエルとカニアの友情の物語が繰り広げられるのです。
 ジョエルとカニアの住んでいるグアドループという島は、昔からまさにいろいろな民族で溢れているところです。コロンブスに発見されてから、原住民のインディアンたちの多くは殺され、残ったものは南アメリカに逃げてしまいました。かわりにヨーロッパ人たちが次々と到着して、長い植民地争いが続きその間に混血の子供達が生まれました。さらに島の産業である、サトウキビ、パイナップル、バナナ、コーヒーなどの農場で働く奴隷や低賃金労働者達は、アフリカ、インド、中国などから連れてこられました。身分の低い労働者の間でもまた混血が生まれ、先祖代々続いた混血の歴史は、新しく『クレオール』という文化を生みました。インドやポルトガル、ヨーロッパやアジア各地の食材を上手に取り入れた料理は『クレオール料理』といわれますし、母語の異なる移民達が、工場や農場で意思を交わすために話す『クレオール語』と呼ばれる言葉も生まれました。カニアのようにいろんな犬の血が混ざって、もうどんな種類とも言えないような、奇妙ともいえる顔をした犬のことを『クレオール犬』と言います。
 人間の長い歴史を見てもわかるように、生まれの違うもの同士が、肌や毛の色、宗教、言語や生活の違いを上手に取り混ぜ、それを新しいものとして大切にし、お互いを尊重しあって仲良くできる人もあれば、混ざりあったものは汚く、醜く、相手は間違っているから受け入れられない、と考える人はどこにもいるようです。そんなことで小さないじめや憎み合いが、大きな戦争や殺し合いになっているというのに。私たちの小さな世界には、ジョエルのように気の毒な動物を大切にする優しい心や、リザのように弱いものたちのために闘おうとする強い心や、カニアのように友達を信じるという素直な心が大切なのではないでしょうか。
 自分たちの小さな日常、家族を思う心、人を敬う心、小さな事にくよくよせず前を向いて変えていこうとする努力がなければ、外の世界も、大きな世界も変えられないのではないでしょうか。それを教えてくれるのがジョエルのおばあちゃん、マンニネットです。
 ジョエルの冒険を通して、グアドループの動植物、自然の風景を垣間見ることができるのも、この物語の魅力だと思います。至るところに輝きを放って、夢を持たせてくれるようなカリブ海の大自然が描かれています。
 このおはなしは、著者がアナイという娘さんのために書いたものです。毎晩子供の枕もとで少しずつ綴った子守唄だったのです。物語のほぼ全般に渡って、実在する場所や人が登場しています。リザが飼っている『ご主人様おもいの勇敢な犬』は著者本人の犬がモデルになっています。ピション家のヴィックは拾われた時から三本脚ですが、アナイの後をどこまでも着いて来ます。原書の挿絵はカリブのまぶしい太陽に美しく映える原色をふんだんに使い、現地で大変人気のある画家ヴィオレット・オージェさんの作品でした。ヴィオレットさんはアナイのお母さんで著者の奥さんです。この本は家族みんなで作ったといっても間違いではないでしょう。両親が娘のためにいろんなことを願いながら、心をこめて描いたお話なのです。

 「グアドループ」という名前は日本ではまだ知らない人も多いでしょう。フランス本国からもあまりにも遠いので、フランスでも知らない人は多いのです。昨年のミス・フランスはグアドループ県出身の女性でした。ミルク・コーヒー色の光る肌をしたこのスマートな女性は、フランス本国の白人女性の憧れとなり、小麦色の肌が流行になりました。スポーツ界では陸上、機械体操、サッカーなどでもグアドループやマルチニーク出身の選手がフランスの国旗を掲げて活躍しています。文芸の世界では、マリーズ・コンデの『生命の樹』や、ベルナベ、コンフィアン、シャモワゾーなどによる『クレオール礼賛』という本が日本語でも翻訳されています。グアドループは鳥の専門家の間ではオウムやインコの輸出国としても知られていますが、「世界最大級のヘラクレスオオカブトムシ」の分布地域ですから、男の子の間ではどこかでこの島の名前を聞いたことがある人もいるでしょう。
 私は南フランスの小さな田舎に住んでいますが、フランス語の翻訳をはじめてから、マダガスカル、レユニオン、マルチニーク、ニューカレドニア、タヒチなどからも「これ訳してください」とインターネットで仕事が届くようになりました。フランスからこんなに離れたところに、フランスの県や領土があり、その土地の人がフランス語で書いたり話したりするなんて、以前は考えたこともありませんでした。ピションさんから「自分の本を日本語にしたいのだが。」といきなりメールを頂いた時に「グアドループ」がどこにあるのかさえはっきりわかりませんでした。でも、この本を読み終わった瞬間に、前に住んでいたことのあるニューカレドニアの燃えるような火焔樹の赤い花や、イセエビが素手で捕まえられる透き通った珊瑚の海、そしてピンク色の羽をゆうがに羽ばたかせて、吸いこまれそうな大空に群れる、セネガルで見たフラミンゴの姿を思い出して胸が熱くなりました。その美しい自然を日本の子供達にぜひ伝えたいと思ったのです。感動や感情が文字になり、フランス語から日本語へ、大人の書いたものが子供の目に映るように訳することの難しさを少しずつ学びました。

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